価値観は人それぞれ違うが自分と違う価値観を受け入れるということ

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ひろぎんです。

突然ですが僕の好きな食べ物は肉、寿司です。

しかし人によっては肉、寿司が嫌い、体質的に無理という人もいます。

その時点で良い悪いではなく僕とはもう価値観が全く違いますよね。僕は血のしたたる400グラムのステーキをレアでガッツリ食べるのが大好きなのですが、そもそも肉が嫌いな人には全く興味のない話で400グラムの肉は目にしたくもありません。

つまり自分がいくら好きなことでも相手がそれを嫌いならばその話をし続けるのは相手にとっては迷惑であり苦痛でしかありません。

物事の捉え方は人の数だけ存在していると思います。

だったら人の意見を気にして生きていたり無理に人に合わせることって無駄でしかないんだなと思います。

相手の価値観では僕の正義は通用しないし相手の正義は僕の中では正義でないかもしれない。

しかし全く自分とは違う価値観を受け入れたほうが良い場合もあると言うことに最近気づきました。

それは自分が今までにやったことがないことを始めようとするときです。

僕はまさに今自分がビジネスを学んで自分の力でお金を稼いで人生を豊かにし、やりたくないことをせず、好きなことに時間やお金を使い続けられるようにしていきたいと思い学びを始めました。

僕はビジネスは初心者なのでまだ自力で収入を得ることはできていません。

つまり今はビジネスの世界では赤ん坊なので自力では何もできません。

ということは親にあたる人からの意見は無条件に受け入れて自己判断をせずに学ばなければ何もできるようになるはずがありません。

幼い子供が親の言うことを聞かないで言葉がしゃべれるようになんてならないですよね。

つまり新しいことを始めるときに自己流でやってしまったりその道で成功している、結果を出している人の意見に従わずにプライドの塊になって方向を間違えて進んでしまったら全く違う場所に行きついてしまい、結果を出すことなど不可能です。

人は自分の知らないことには恐怖を感じます。今までに無い価値観を認めるのは怖いのです。

だから過去の自分の経験則に沿って行動し続けてしまい、今までと何も変わらないのです。

このことを僕はいまものすごい痛感しています。

このブログを作るワードプレスの使い方も全然わからないしここからどうしていくのかも何も見えていません。

しかし考えてみればこのブログの書き方も何もわからなかったけど今では一応記事の内容はともかくとして書いてアップすることはできるようになりました。

では書くことはできるようになった、次は何をしていこうかと考えてまたできないことを一つずつクリアしてできることを増やして自分の経験値をあげていって気づいたらその時はまた違うステージにいるはずなのでいつの間にかできているみたいな。

自分で勝手に価値観を作り上げてできないと思って自己流に走ったり途中で挫折したりしたらもったいないないなと思います。

ということで自分を変えたいときや何か新しいことを出来るようにしたいときは新たな価値観を受け入れてひたすらマネして盗みまくってできるようになったらアレンジしていく、これをわかってよかった。

というお話でした。ありがとうございます。

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