どうも、ひろぎんです。
僕は思春期の頃にロックに目覚めてから、今までさまざまな音楽を聴いてきました。
その中でアルバムを聴き比べたときにバンドの音楽性が変化していくのはなぜなのかということをずっと疑問に思っていました。
そりゃ人間なんだから時が経てば考え方も変わるしずっと同じことしていたら飽きるということはもちろんあると思います。
それを今回は守破離の精神から僕が感じたことを書いていきたいと思います。
まずは守破離という言葉をご存知でしょうか。
守破離とは武道や茶道、芸術、スポーツなどの分野で師弟関係のあり方について言われている言葉です。
①守
師匠の教えや型を忠実に守り、身につける
②破
師匠の教えを守るだけでなく、
独自に工夫したり師匠の教えになかったものを取り入れて試してみる
③離
師匠の教えを離れ、学んだ内容を独自に発展させていく
つまり最初はマネして覚えたら工夫して最後に自己流でアレンジしていくというイメージです。
多くのバンドがインディーズ時代からデビューしてまもないころは影響を受けたバンドやミュージシャンの音楽やファッションをモロにマネしていたり近かったりします。
まさにこれが守ということですね。
そこから音楽性が変わり始め中期にさしかかります。
ここが破にあたります。
そして完全にファッションも音楽性も初期とはかけ離れて別のバンドなんじゃないかと言うぐらい変わった後期が離にあたります。
DIR EN GREYというバンドがまさに守破離をとらえるにはわかりやすいです。
まぁビジュアル系出身のバンドは最初は大体どこかのバンドに似ていることがほとんどですからね笑
DIR EN GREYの初期はかなりのインパクトを持って衝撃的なビジュアル系コンセプトだったのが中期で脱ビジュアル路線に入ります。
ラウド系の音楽性、髪を切りメイクもほぼなくなり、ファッションもおとなしめなスタイルに。
そして最近また過激なファッション、メイクになり、音楽性はもう唯一無二と言っても過言ではない世界観にまで到達しました。
正直言ってDIR EN GREYのボーカルの京さんは初期の頃は完全に見た目も歌唱法もステージングも黒夢のボーカルの清春さんに寄せてましたね。
影響されていたのは間違いないでしょう。
しかしある時から自分自身のオリジナリティではないので憧れは汚点という言い方で破ったことを京さん自身がのちのインタビューで話しています。
やはりスポーツや武道だけでなくどんな分野でも最初は型を身につけることから始まっていることがわかります。
ビジネスの世界でも守破離という言葉は使われています。
それは今になってようやくわかりましたが、自分がバンド活動していた頃はこれが全くわかっていませんでした。
僕の場合はバンドを組んでいきなりオリジナリティを求めすぎた結果、自分達でハードルを上げすぎてしまい何をやりたいのかも分からなくなってしまいました。
世界でも聴いたことのないカッコ良い音楽を作ると言ってましたが結局は型がないのでありきたりで面白みのないものや中途半端なものしか作れないのです。
メンバー全員がバンドの曲をどうやって作るのか、曲は成り立っているのかがわからないのに曲を作ってたり演奏していたのです。
当然練習したり話し合っていたんですがそもそも型がないので話が通じないところに疲れましたね笑
その結果僕が耐えられなくなって脱退し、そのあとバンドは解散しました。
だから型が何もないのに自己流をやるのは全く理にかなわないことだと痛感しています。
それはそうです。
野球のピッチングもきちんと投球フォームを体得してから野茂英雄のトルネード投法や村田兆治のマサカリ投法が出てきたんだということです。
そうなのか?!
きっとそうでしょう笑
と、いうわけで守破離をバンドでとらえて感じたことについてでした。
それではありがとうございます!